【叶家のうわさ】女将が救った女性の話・前編
2025.06.24
叶家にはいろんなお客様がいらっしゃいます。
これは昔、女将が接客した一人の女性の話。
___________
それは梅雨明け前の、どんよりと曇った日のこと。
リュックひとつ抱えた女性が、ふらりと叶家を訪れました。チェックインのときもほとんど目を合わせず、声もか細い。
どこか“消えてしまいそうな”気配を感じたツネ子女将は、黙ってはいられませんでした。
「あなた、温泉入りに来た顔じゃないねえ。まさか恋愛か借金か…命までは捨てないでよ?」
唐突すぎるその言葉に、女性は思わず吹き出してしまいます。
「なんでわかったんですか」
そうつぶやく彼女に、ツネ子はにっこり笑ってこう言いました。
「私、人の“この世に未練なさそうな顔”はすぐわかるのよ。で、どこに飛び込むつもりだったの?」
「黒部ダムです」
「はあ!? あんなとこ寒いし、深いし、足つかないし。やめときなさいよ〜、せめて泳げるとこにしなさいって!」
まさかの返しに、女性は肩を震わせて笑いました。