【叶家のうわさ】女将が救った女性の話・後編
2025.06.24
その後もツネ子は、お茶を差し出しながら止まらない。
「どうせ死ぬ気なら、最後に一発、悪口大会でもやってきなさいな。相手の名前書いて、橋から叫ぶとかさ。私、見届け人やるから!」
「あとさ、うちの味噌汁飲まずに死んだら、成仏できないよ。うちの味噌汁って“未練の味”だから」
あまりに突拍子のない明るさとズレた優しさに、女性はとうとう泣きながら笑い出し、「…死ぬのがばからしくなりました」とつぶやいたそうです。
翌朝、彼女は食堂で朝食を平らげ、「あんなに笑ったの久しぶりです」と言って旅立っていきました。
その数年後、旅館に届いた手紙には、こう書かれていたそうです。
「あの晩、助けられたのは命じゃなくて、笑いだった気がします」
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以来、叶家には「笑って帰される宿」といううわさが、しみじみと語り継がれています。